企業における安全管理問題につき、安全管理の専門家としての理論に基づくものではなく、実務家としての経験に基づきお話したい。

企業内、あるいは企業を取り巻く日本の社会には、安全を阻害する要因が存在している。安全対策にあたっては、これらの阻害要因を排除しなければならない。

安全阻害要因の主要なものとしては、次のようなものがある。

  1. 利潤追求を優先させる経営姿勢という要因
    企業経営にとって安全管理は大変な「カネ食い虫」である。そのため、利潤追求のための経営の合理化を推進する過程で、「安全確保」を第一の経営課題として掲げるものの、経営の実態は利潤の追求が最優先され、安全管理が等閑にされることになる。
  2. 作業の機械化・コンピューター化に伴う要因
    現在の技術レベルでは、業務・作業を機械化・コンピューター化すれば、それ自体によって安全管理が自足的に必要十分に確保されるものではない。それに対応しての高度で綿密な安全管理が必要となってくる。
  3. 安全問題に関する経営者の連帯責任の欠如という要因
    安全管理問題は全役員が一体となって取り組むべき経営課題であるが、現行の担当役員制のもとでは、その認識が希薄になっている。また、現行の役員昇格制度では、各役員は任期中に目に見える実績が出る業務を優先させ、目に見えにくい実績である安全管理への取り組みについてはあまり関心を示さない。
  4. 社員の会社に対する帰属意識という要因
    経営者や上司の指示に忠実に従って業務を遂行することが会社に対する忠誠の証と考え、安全管理上重要な意味を持つ出来事が発生しても、企業業績への影響を考え、会社のためにそれを隠し通したりする。こうした間違った忠誠心を持った社員の行為で、企業内には不安全要素が蓄積し、ある日経営に大打撃を与えるような重大な事態となって爆発することになる。
  5. 企業内の人事配置に関する要因
    安全管理・監視組織は、ライン業務の効率や生産性の向上には直接寄与するものではない。そのため、社内的には「ごく潰し」の組織と評価され、安全管理という目的を達成するために最も有効と考えられる人材を配置しようとしない。
  6. 所管官庁の行政に起因する要因
    所管官庁が企業の安全管理状況につき検査を行うが、企業としては、その検査に合格すれば安全管理が必要十分になされているとの国のお墨付きを得たと考える。しかし、この国のお墨付きというものがいかに実質のないものであるかは、種々の業種での種々の事故・事件などを通しても明らかである。
  7. 刑事捜査に伴う要因
    人の死傷を伴う事故が発生した場合、我が国では、企業の関係役職員に対する刑事責任追求のための刑事捜査が最優先される。そのために、事故の再発防止のための事故原因調査を有効に行うことができない。

次に、安全管理の根源にあるものは何かを考えてみる。結論的には、次の2要素ではないだろうか。 

  1. 企業は、社会的権域を不当に侵害することがないように十分な配慮をもって企業活動を推進すべき公的企業体である。それに属する実務担当者は、社会的人間として、社会に対して責任を負うべき者である。また、個人や企業の私的な利益追求よりも、パブリック・インタレスト(公共の利益)の方が優先する、という考え方は、近代国家の大原則である。したがって、企業における安全管理は、「公的企業体としてパブリック・インタレストを守る」ために、利潤追求その他のいかなる経営課題を犠牲にしても確実に遂行しなければならない経営課題である。
  2. 人間社会が企業活動を容認しているのは、人間の幸福な生活を確保するために必要だからである。換言すれば、人間の幸福な生活を踏みにじる企業活動は容認されるものではない。人間の幸福な生活に奉仕する企業活動は、「人間に対する思いやり」が根幹にあるべきである。したがって、企業における安全管理も、「人間に対する思いやり」から発するものでなければならない。

企業経営上「安全確保」を第一の経営課題として掲げるということは、ほかの経営課題を犠牲にしてまでも安全確保を第一として貫くという経営としての決意でなければならない。その決意のもとに、安全を阻害する要因を事前に完全に撃退しておかなければ、安全を手に入れることはできない。この戦いは無限に続くものであり、手抜きは絶対に許されないものである。

神戸市では、震災後「安全で安心なまちづくり」に向け、市民、事業者、行政が一体となって安全管理・危機管理問題に取り組んでおられ、本日私がお話したことが少しでもお役に立てば幸いです。


講師の略歴

山本 善明(やまもと・よしあき)

1937年東京生まれ。学習院大学政経学部卒業後、1960年に日本航空入社。1962〜1978年まで法務担当としてニューデリー事故など、23件の事故処理に携わる。ニューヨークの米州地区支配人室勤務を経て1982年から運航本部業務部次長。日常業務の傍ら、羽田事故など2件の事故処理も手がけ、1985年から運航本部運航乗務員健康管理部長、1992年からは健康管理室副室長として、安全問題に大きく関わる乗員の健康管理体制の確立に務める。1994年に退社。著書に「墜落の背景−日航機はなぜ落ちたか(上・下)」「日本航空事故処理担当」「命の値段」などがある。