1. 失敗の必要性
    人間は新しいことに挑戦します。 しかし、1000回に3回しかうまくいきません。 99.7%は失敗します。その経験からこれだけはやらないようにしようという消去法を体で覚えていきます。 それが一般化された体験となります。 さらに学習すると、自分の目の前で起こっている現象の因果関係を自分で記述する事のできる科学的理解ができるようになります。
     失敗をやってはいけないことと考えると、挑戦するなということになり、社会は衰退していくほかありません。 無謀な挑戦ではなく、きちんと考えた上で挑戦していくことを社会に取り込むことが大切です。 その中で失敗は基本であり、これから先のためにも必要なのです。
  2. 失敗の生かし方
    アメリカ、シアトルの北部にタコマ湾というところがあります。 今から60年ほど前に、軽くて、安くて、長い吊り橋が造れるという、当時の新しい理屈に従って橋が造られました。 しかし、たったの秒速19メートルの風で橋は落ちてしまいます。 この失敗を解析し、構造力学、流体力学がすすむと世界で吊り橋は落ちなくなります。 明石大橋がなぜ落ちないのか。明石大橋は秒速80メートルでも落ちません。 なぜか。それは、失敗が生かされているからです。 研究所でモデルを作り、徹底的な模擬実験で検証しています。 失敗は隠すことなく、情報として発信し、共有化されることで技術に貢献し、人々を救います。
  3. 原因と結果
    労働災害にハインリッヒの法則というのがあります。 これは1件の重大な労働災害の裏には同じ要因による29件の軽災害があり、その後ろには怪我にならない体験が300件あるという法則です。 裏を返し、300件に1件しかひどい災害は起こらない確率現象だともハインリッヒは言っています。 すると、299件は隠しても大丈夫という議論が会社の中ではまかり通るようになります。 しかし事故が起こった時に、個人のせいにして、終わりにすると、後ろの組織運営不良を隠蔽する事になり、失敗の拡大再生産を起こすことになります。 そして300件のうちの1件が起こると、そのつけは300倍です。 300件分の責任を背負わされます。 失敗の原因は、ヒヤリとした体験が多層に重なることによるもので、これらの小さな要因にきちんと対処し、削除すると重大災害は防ぐことができるのです。
  4. 失敗の必然性
    技術の脈絡を萌芽期、発展期、成熟期、衰退期で表現すると、萌芽期には僅かな経験と知識しか持っていません。 そのため初歩的な失敗が沢山起ります。 発展期に入ると、人も資本も投入され多くのことを試みます。 数多く失敗するものの、豊富な知識と経験を持っているときです。 成熟期になると標準化、マニュアル化がすすみ、一本道だけを上手に通ることが文化として出来上がります。 そうなると、見かけ上のみ立派で、一人では全体の詳細など掴むことができず、いざというときに建て直しがきかなくなります。 これは経済性の追求による失敗の必然です。
  5. 失敗知識の伝達
    日本の自動車会社は失敗の情報だけで30〜80万件持っています。 データを集めることはとても大切ですが、失敗の情報が情報のまま扱われているので役に立ちません。 どの様な失敗で、どの様な事象が起こったのか、時間とともにどの様に経過し、そのときの推定原因はなにか。 どの様に対応したのか。 そして、これから何を学ぶのかという知識化が必要です。 本当に失敗を伝えようとするのであれば、知識化し、人間が吸収できる形にもっていくことです。
  6. 失敗を生かす工夫
    失敗は活用しなくてはいけません。 そのためには、失敗の情報だけでは駄目です。 結果だけではなく、知識にした上で伝えていく必要があります。
  7. まとめ
    失敗の積極的な取り扱いが必要です。 上手くいく方法より、まずくなる実情の方を教えられた方が人は真剣に耳を傾けます。 失敗をしなければ、個人、組織にとっての成長や進歩は望めません。 失敗のマイナス面を見るだけでなく、プラスに転化する努力も大切です。 また、失敗を立体的にとらえる必要もあります。技術面の取り扱いは当然ですが、心理面の取り扱いの方が大事です。 当たり前のことで忘れられているのが、一番最後に失敗をするのは人間であり、失敗を起こしにくくするのも人間だということです。 人間の知恵と投資が失敗を防ぐのです。

講師の略歴

畑村 洋太郎(はたむら・ようたろう)

1941年東京生まれ。東京大学大学院修士課程修了。 東京大学工学部教授を経て、2001年退官。現在は東京大学名誉教授、東北大学客員教授、工学院大学国際基礎工学科教授。

ナノ・マイクロ加工、力センサ、加工の知能化、医学支援工学、技術の伝承と教育の方法論を研究するほか、「失敗知識活用研究会」を通じて失敗学の構築を行っている。

また、「実際の設計研究会」を主宰し創造設計原理の研究を行っている。編著書に「実際の設計」「続・実際の設計」「続々・実際の設計−失敗に学ぶ」 「設計の原理」「設計の方法論」「失敗学のすすめ」「機械創造学」などがある。